―― 分析2 ――
人を呪うことの愚かさは、いうまでもない。だがかつての日本では、このような事件は頻繁に起こっていた。古代社会ではもちろんのこと、現在でも恋敵に呪いをしかけて、民事訴訟にいたることもある。ぼくが怖いと思ったのは、四角い櫓を燃やしたという点だ。
いままでの日本では呪いをかけるときは護摩壇を作り、人形を相手の身代わりとして、大威徳明王の真言を唱えたものだ。信じない人にはバカバカしいだろうが、そこには千年の間、密教者が研鑚を重ねた様式があった。
だが今回の呪術は、そうした密教系のものではないような気がする。護摩壇で火をたくのと、櫓を燃やすというのは似て異なる。説明すると非常に長くなるので省略するが、この場合の"四角い櫓"を燃やすのは、黒魔術の六芒星に火をつけて願望成就を願う手法を略したのではないかと思われる。
20世紀のはじめ、黒魔術はドロップアウトしたインテリの趣味であった。1960年代のフラワームーブメントの潮流に乗ってアメリカから世界に広がり、1980年代になるとアメリカやオーストラリアで黒魔術を実践したことのある人間が来日するようになった。
ぼくは10年ほど前、シドニーから来た男に黒魔術について教わったことがある。黒魔術などというと、どんな妖しい男かと思われがちだが、彼はとてもハンサムなスポーツマンで、十代の少女たちに絶大な人気があった。現代の東京では、偶然にそういう人に会う可能性がある。
国際的な都市として開けた神戸は、知的レベルの高いさまざまな外国人が集まる場所だった。魅惑的な生活習慣や文化とともに、他の都市ではおめにかかれない神秘的な思想も輸入されたと聞いている。なにかのきっかけで、彼女たちが黒魔術の悪しき技法を知ってしまったとしたら、悲しいことだ。
★問題の儀式が、はたして西洋の黒魔術であったかどうかは、いまとなってはわからない。分析はあくまでも、西谷の推測をもとにするものであることをご了解いただきたい。
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