タイムダイブ1986をめぐる謎
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『タイムダイブ1986』という小説は、ぼくと祖父をめぐる人々の間で起こった、さまざまな不思議なできごとの集大成といっていいかもしれません。一見するとぼくの体験は特殊なものと思われるかもしれませんが、こうしたできごとはだれにでも起こり得るし、実際にあなたのまわりでも起こっているのではないでしょうか。 |
ぼくは四歳になるまで、ほとんどの時間を祖父と一緒に過ごした。どうしてそうなったかを話すとややこしくなるので割愛させていただくが、幼いぼくにとって祖父は母でもあり父でもあり教師でもあった。オーバーな言い方をすれば、この世のすべてであったと言っていいかもしれない。生きていくことの意味や方法について、ぼくに最初に教えてくれたのは他でもないその祖父だった。
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その祖父はぼくが六歳のときに亡くなり、それからさらに二十数年が過ぎたある日、ぼくは東京・小平市のバス停で、国分寺駅行きのバスを待っていた。本数の少ない時間帯だったこともあり、ぼくは時間をもてあまして後ろに並んでいたお婆さんと話しこんでしまった。ところがその四条さん(仮名)というお婆さんとぼくの祖父の間には、不思議なつながりがあったのだ。
太平洋戦争のころ、ぼくの祖父は三重県の明野というところにある陸軍基地で戦闘機のパイロットをしていた。その祖父の上官は、若かりし日の四条さんが愛した人だったのである。
この偶然の出会いに驚いた四条さんは、ぼくを自宅に招き、烈しい空襲のさなかに愛する人に会うために、命がけで東京と三重を往復したことを話してくれた。そして、自分はこの話をダレかに聞いてもらいたくて生きてきたのだとまで言った。事実、このうちあけ話をした数ヵ月後、四条さんは突然逝ってしまわれた。
それからぼくは、『この不思議な出会い』をテーマに小説を書くことが自分の使命なのだと感じ、いろんな出版社を訪ねてまわった。しかし、当時ぼくが書いていた小説とはまったくジャンルが異なるため、どの出版社からも良い返事はもらえなかった。
それから十七年の間、人前で話す機会があるたびに、ぼくはこの出会いのことを話しつづけた。日記や手帳を調べたところ、ぼくは軽く千人を超える人にこの話をしているようだ。
そしてとうとうこの話を面白いといってくれる編集者と出遭い、この実話をもとにした小説を書きはじめた。昨年のことである。執筆がようやく終わり、この十月五日に『タイムダイブ1986』というタイトルで、リーフ出版から発売されることになった。
ただ十七年もの間話しつづけているうちに、登場人物やストーリーはかなり洗練されたものになったという自信はある。もし十七年前にこの出会いを小説にしていたら、それは単なる『本当にあった不思議な話』にしかならなかっただろう。それが、納得できるレベルの小説に昇華できたのは、十七年の歳月をかけたおかげだ。
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そして物語を書きはじめてから、また興味深い偶然の一致が起こった。編集者を通して、Yockyさんというイラストレータに、表紙や口絵のお願いをしていたのだが、彼から『小説に出てくる川は松阪市を流れている櫛田川ですね。その情景はよくわかります』というメールが送られてきたのだ。
「なぜ櫛田川を知っているのだ?」と不思議に思って尋ねてみたら、彼はぼくと同じように三重県の出身で、M町の生まれなのだという。そこでまた驚いてしまった。というのも、ぼくの祖父が勤務していた陸軍基地はこのM町に隣接していたのだ。
しかし、ぼくは小説を書き終わったあとで、もっと驚くべき話を聞かされることになった。
この小説には『賽の神』という神社が出てきて、それがキーワードになっている。最初の原稿では具体的にどの神社をモデルにしたとは書かなかったのだが、校正のときに『積良(つむろ)の賽の神神社に調査に行った』という一文を入れて編集部に送った。これは八月のことであった。
ところが同じ日に編集部に、Yockyさんから『自分は積良(つむろ)というところにある賽の神神社をモデルにしてイメージを膨らませてきた。だから最後にその神社の絵を描きたい』というメールが来ていたのだった。ちなみに、その絵は本文の二七一ページに掲載されている。
つまり、ぼくとYockyさんは、それとは知らずに同じ神社をイメージして、一方は小説を書き、一方は絵を描いていたのだ。これはほとんどあり得ないくらい珍しい偶然の一致といっていいのではないだろうか。
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では、この『積良(つむろ)の賽の神』とはどういう神社なのだろう?
実をいうと、室町時代以前からあったらしいということはわかっているが、起源はハッキリしない。それほど古いともいえる。祭神は猿田彦で、もとは『猿田彦神社』であったという人もいる。それが『賽の神』になり、さらにまたいつのころからか『幸の神』と表記されるようになったという説が有力だ。だから現在のこの神社の正式名称は、『積良幸の神神社』である。ちなみに、ヤフーで『積良 幸の神』で検索すると七件の記事がヒットする。
祖父はこの神社を尊崇していて、ぼくの母の安産祈願をこの神社で行い、そしてぼくが産まれた。それくらいだから、ぼくは祖父に連れられて何度もこの神社を参拝した。
興味深いことに、Yockyさんのお祖父さんもこの神社を尊崇していて、幼い彼を連れて幾度もこの神社を訪れたそうだ。だからYockyさんは、小説の中で『賽の神神社』という言葉を見て、まっさきにこの神社を思い浮かべたのだという。
もちろん、『積良の幸の神』がたいへん有名な神社であれば、こういうこともあり得るだろう。しかし『積良の幸の神』は、古い神社ではあっても決して有名な神社とはいえない。また、ぼくの家からもYockyさんの家からも随分遠い場所にあり、なぜお互いの祖父がこの神社を尊崇していたかもわからないのだ。
でも、とにかく事実としてこういうことが起こった。
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ぼくには、これだけの偶然の連鎖が、何の意味もないことだとは思えない。かといって、「これにはこういう意味がある」と、したり顔で解説する気にもなれない。
ただきっとこの連鎖には何かの意味があり、それがどこかで何かにつながっているに違いないと想像するばかりだ。もしかしたら、その連鎖の輪の中に、あなたも入っているかもしれない。
2006/09/25 西谷
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