PSY事件簿
―― 獣姦 ――

 1971年、衝撃的な一冊の写真集が世に出た。「獣姦」。そのものずばり、人間の女性と動物のセックスを撮影した写真集である。カメラマンは、海外でも有名な吉岡康弘。モデルは若林美宏という新進タレント。彼女は「11PM」というテレビ番組で人気があり、1969年に大島渚監督の"新宿泥棒日記"にも出演して注目を集めていたから、世間は大騒ぎした。
最大の関心事は、彼女は本当に動物とセックスしたのかという点にあった。かりにそうであっても、真相は永遠に薮の中で終わる…とだれもが考えていたとき、彼女は五木寛之との対談で、"私は動物とセックスした。子供ができないか心配だったので、病院に電話して確かめた。"と堂々と語ったのである。


―― 分析1 ――
 今日のわれわれの倫理観では、獣姦はたいへんなタブーである。だが1971年当時、週刊誌でその記事を読んだぼくは、少しも違和感を感じなかった。1960年代のあふれるような自由主義の洗礼を受けた当時の日本は、どんなものであれ、新しい分野へのチャレンジには拍手が贈られた。特にキリスト教的な束縛のない日本の映像芸術は、"性"の分野で大ブレークした。
 いまでもぼくは、若林美宏という人に哀しみをともなったシンパシーを覚える。彼女は動物と交わったとき、「セックスによって、動物と愛しあえるかもしれないと考えていた。でも本番まではなついていた犬が、行為が終わったら知らん顔をしている。それが淋しかった」と語っている。
 ここにはセックスで真の平和をもたらすことができると考えた、60年代のムーブメントの残り火が感じられる。いまはポルノを、売名と金のためとしか考えない風潮が世を覆い尽くしている。彼女は、セックスすることでなにか新しいものを掴もうとした最後の裸の天使だったのではないだろうか。


―― 分析2 ――
 近代六法の元になったのは、"旧約聖書"のモーゼの五書といわれる部分だ。ここには刑法の罰則から、民法の損害賠償の基準までもが記されている。いまの日本の法律の基礎は、3000年以上むかしにアラビアの砂漠で作られたのだ。
 獣姦については、"レビ記の18章23節"に禁止すると書かれている。しかし他人の妻を寝取ることや、近親相姦のタブーに比べると、はるかに扱いは小さい。少数の権力者が女性を独占する遊牧民の社会では、異性と接する機会のない若者は、動物にはけ口を求めるしかなかったのだろう。
 ここに、たくさんの神話上のモンスターが生れる素地がある。遺伝子のことなど知らない古代、中世の人々は動物とのセックスで悪魔やモンスターが生れると本気で考えていた。ヨーロッパやアメリカばかりではない、この日本でさえ、江戸時代の瓦版には、どこそこで人間の頭と、犬の身体をした動物が見つかったという記事が掲載されている。
 ヨーロッパやアメリカとちがって、日本は獣姦についての倫理基準が、きわめて曖昧であった。若者が道徳的に乱れるよりは、獣姦をしたほうがいいと薦める地方さえあったくらいだ。
 1971年というのは、そうした日本的な価値観が最後の抵抗をしめした時代かもしれない。古くさいものに反発しながら、日本的な価値観を根底にもった世代が映像作品を作った。だからこそ、この時代の映画には世界的に評価されるものが多い。
 だが、倫理や思考のプロセスまでがハリウッドに一本化されたところから、すぐれた文化が出てくるとはぼくには思えない。

注)−1 若林美宏――1947年生まれ。モダンバレエの先生から、11PMというテレビ番組に出演して人気を博す。映画にも出演した後、前衛的なヌード写真のモデルとして活躍した。その後、亡くなったという噂を聞いたが、真偽はさだかでない。

注)−2 旧約聖書でセックスに関する規定は、「レビ記第18章、20章」。結婚については、「申命記第22章、24章」「民数記第5章」などに集中して見られる。ハリウッド映画はつい最近まで、セックスに関してはレビ記の戒めを守っていた。