PSY事件簿
―― 神の声で五人が変死 ――

●朝日新聞より
 2000年8月16日、大阪府の泉南市の若狭隆雄(66)さん宅で、家族5人の変死体が見つかった。若狭さんの家は、妹の昭子(64)さんを教祖とする宗教活動に力を入れており、神の御告げで5人に食べ物を与えなかったせいと判明。


―― 分析1 ――
 多くの日本人は、こういうカルト的な事件が起こると、「神さまのお告げなんてバカバカしい」と嘲り愚弄する。だが異世界からの声を聞くという現象は、人類の歴史と同じくらい古く、今日も世界中で起きている。もちろんそれらの多くが錯覚であろうことは、想像に難くない。しかしそういう現象に対する日本人の冷淡すぎる対応が、この種の事件を内にこもらせ、結果として被害を大きくしているようにも感じられる。

■他の国の事例 ―― 「Conversation with God(神との対話)」というアメリカの書籍が、全世界で一〇〇〇万部に迫る売れ行きを示している。これは、突然神から声をかけられたニール・ドナルド・ウォッシュというアメリカ人が、最初は神を疑い、やがてその言葉に共鳴して自分自身を掘り下げてゆく過程を本にしたものだ。彼が本当に神の声を聞いたのかどうかは、この際どうでもいい。大切なのはそのコンセプトが受け入れられ、全米一のベストセラーになったという事実だ。
 こうした本は、突然出現したわけではない。20年前に流行した宇宙人との対話も同じコンセプトだ。そもそも100年前に、モーゼズという人が霊との対話によって書き上げた「霊訓」という本が世に出てから、西欧では異世界の住人との対話というジャンルが確立している。なぜアメリカやヨーロッパではごく普通に受け入れられる概念が、日本では異端視されるのだろう。


―― 分析2 ――
 西欧文明の根幹をなすキリスト教は、パウロという伝道者がいなければ、消滅してしまったかもしれない。パウロは最初、キリスト教を徹底的に迫害していた。その彼がキリストを信じるようになったのは、「パウロよ、なぜ私を迫害するのか?」という神の声を聞いたからだ。もし彼が神の声を聞かなければ、世界の歴史はまったく違ったものになっていただろう。たとえ無神論者であっても、アメリカやヨーロッパで育った人なら、99%がパウロの話を知っている。だから異なる世界からのメッセージを、受け入れる素地があるのかもしれない。
 キリスト教徒ではない日本人が、そんなものを信じないのはあたりまえだといわれるかもしれない。だが第二次大戦が終わるまでの日本には、異界からのメッセージによって成立した宗教が林立していたのだ。

■日本の事例 ―― 江戸時代から昭和初期まで
 1798年4月18日、大和国山辺郡の庄屋の家に、みきという長女が産まれた。やがて結婚して"中山みき"となった彼女に、1838年の10月26日に神が取り憑いた。このとき長男が足の痛みを訴え、みきは加持祈祷でそれを治そうとしていたところ、突然『元の神、実の神』という神が取り憑いて、「みきを神のやしろとして差し出せ」と家族に迫ったという。
 紆余曲折はあったものの、みきは神のやしろとなり、それから奇跡的な治癒力を示して、爆発的に信者を増やしていった。これが、今日も有力宗教として栄える天理教のはじまりである。
 中山みきより16年遅れて、"赤沢文治"という男が、備中国浅口郡に生まれた。1855年に病気になったとき、祈祷者に神が取り憑いて彼と対話をした。そして1859年に彼自身が神に取り憑かれて教祖となった。これもまた今日まで栄える金光教のはじまりである。
 赤沢文治とほぼ同じころ、京都の福知山に"出口ナオ"という女性が生まれた。五十七歳になるまで、ナオは貧しい大工の妻にすぎなかった。だが1892年の旧正月の夜、ナオは突然神懸かりになり、"ウシトラの金神"が憑依して、世の中を立て替えると宣言したのである。これが大本教のはじまりであった。そして、出口王仁三郎という天才的なアジテータがくわわり、大本教は日本最大の新興宗教へ、やがて世界宗教へと発展してゆく。
 だがあまりにも急速な勢力の拡大を恐れた政府に弾圧され、教団の勢いは衰え分裂する。そこから生長の家、世界救世教など、戦後の一時期に有力になった新宗教が誕生するのである。
 こうしてみると、ついこの間まで日本でも、異世界からの声を聞くというコンセプトはごく普通に受け入れられていたことがはっきりとわかる。


―― 分析3 ――
 日本の教育現場や伝統的なマスメディアが、かたくななまでに異世界とのコンタクトを無視するのは、第二次大戦後日本を占領したアメリカが、戦前日本が暴走した原因の一つが国家神道にあるとみて、公式の場から宗教性を排除したからではないだろうか。
 また日本人には、神は幼い子供や少女に宿るという思い込みがあるが、パウロも、中山みきも、出口ナオも、赤沢文治も、ドナルド・ウォッシュも、モーゼズも、神の声を聞いたのは早い人でも三十歳代、ほとんどは四十歳以上である。大阪の事件も、このパターンにあてはまる。
 いまはこうした事件を自分とは関係ないと考えている若い人の中にも、ある程度の年齢になって、異世界とのコンタクトを体験をする人がいるかもしれない。そういうときのために、精神病理学の面からでもいいから、異世界の声を聞くというのはどういうことなのかを、考えてみる価値はありそうだ。