PSY事件簿
――山の神とは――

日刊スポーツより
 2001年8月25日、群馬県榛名山のトンネル工事現場で、建設会社が地元の人を招いて説明会を開いた。そのとき建設会社が、「山の神は女性なので、女の人が入ると嫉妬する。中学生以上の女性は見学を遠慮してもらいたい」と要望したため、成人女性30人がトンネルの中に入れなかった。建設会社は、「これは性差別ではなく、昔からの慣行と安全を重視した措置だ」と話している。


―― 分析1 ――
 榛名山にかぎらず、修験道や密教の聖地とされている場所は、ほとんどが女性の入山を禁じていた。だから女性が入山できる室生寺などは、女人高野と呼ばれて信仰を集めてきた。
 これは日本だけのことではない。ギリシャのアトス山を初めとするキリスト教の聖地でも、女性の立ち入りを禁じている場所は多い。イスラム教やユダヤ教でも同じである。その理由は三つある。

1. 男の修行者が、女性と接することによって煩悩が生じないようにという、修行者への配慮。
2. 女性は生理のために血を流す。その血が不浄と見なされた。
3. 祭神が女性であるため、男性しか入ってはいけない。

 仏教の聖地は1の要素が強く、一神教は2の要素が強いように思う。というのも、仏教の聖地で女性の立ち入りを禁じていたところは、ほとんどが修行するための施設を備えた寺院であった。教義として女性を蔑視しているわけではないから、女性差別はいけないという世論が強くなると、あっさりと女性に門戸を開放したところが多い。
 一方、一神教の場合は「生理中の女性は穢れているから聖所に近寄ってはならない」と、旧約聖書に記されているために、いまでも女人禁制を守っている場所が多い。
 そして古代宗教では3の要素が重視される。たとえばギリシャのデルフォイは、神託を受ける場所として有名だが、かつて女神ガイアを祀っていたころは、そこに近づけたのは男性だけであった。しかし祭神が男神アポロンに変ると、巫女しか近づけなくなってしまった。榛名山の事例は、この3に近いようだ。


―― 分析2 ――
 しかし、日本の山の神ははたして女性なのだろうか? これは日本の民俗学でも、たいへんに大きな問題とされている。たとえば古代日本の山の神として、『日本書紀』のヤマトタケル伝に登場する、「伊吹山の山の神」が有名だ。この神様は大蛇の姿をして現われ、ヤマトタケルが自分を軽んずるのに怒って天変地異を起こし、そのためにタケルは傷ついてしまう。この神様は男性神だ。
 次に有名なのは「三輪山の神」だろう。この神様はヤマトトトヒモモソヒメという女性を好きになって、人間の姿をしてヒメの元に通うが、正体がばれて去ってしまう。  このように文献で見るかぎり、古代の山の神は男性が多い。ところがいつの頃からか、山の神は女性になってしまい、室町時代には"山の神"は女房の代名詞にさえなっている。とすると奈良時代から鎌倉時代の間に、山の神に関する大変革が起きたはずだが、それがいつのことだったのかを説明する資料はない。
 ただ、山の神が女性であることは、東北・上信越地方で特に重要視されているようだ。たとえば山の神に愛された猟師は、いつもたくさんの獲物に恵まれていたが、女房が山に入った途端、山の神の怒りをうけて獲物がとれなくなったという民話は広く流布している。
 あるいは山の神はお産の神様でもあり、女性が出産するときに山の神を祀る風習は、東北地方に見られる。
 ぼくは無用な性差別には反対だが、その建設会社が、古くからの神々を尊重して女性の入山を拒否したのだとしたら、拍手を送りたい。

写真

★写真は、飛騨位山(くらいやま)の山頂の写真である。ハイマツ、ドウダンツツジなどの群落がある。位山は古代の信仰の中心地でもあり、ここに出雲の神々が飛来したとも伝えられる。飛騨地方の山々には、両面スクナをはじめとして男性神が祀られていることが多いようだ。