掲示板ダイジェスト
――転生について その壱――

『西谷JUNCTION』で、転生について話しているうちに、西谷の書き込んだ『謎の町』を空天さんが推理して、その町を突き止めるという事件が起こりました。そして多くの人の意見がシンクロしはじめます。これはその最初のダイジェスト版です。
注)原文をそのまま活かすように努めていますが、本論からはずれたところで省略させていただいたセンテンスがあることをご了承ください。


★No1 きっかけは「西谷」の書き込みでした。
06.08.26 11.06 西谷 ブームであった転生
  ノーデンスさん、O∴ELさんのお歳だと、「転生」というコンセプトの流行サイクルはご存じないと思うので、解説させていただきます。テレビがゆきわたり、さまざまなコンセプトが広がるようになったとき、最初に「転生」を一般的にしたのは、あの美輪明宏だと思います。もちろん先駆的な人はいたわけですが、彼が絶対的な自信をもって、「私は天草四郎時貞の転生です」と言ったとき、女性誌がそれにとびつき、ブームがきた。1960年代のことです。ちなみにビートルズに関する雑誌記事を見ていると、彼らとは関係なく、ときおり転生の話題が隣に載っていることがあると思います。
 次にきたのが1980年代です。最初の兆候は、1981年「魔界転生」だったと思います。とはいえ、あの作品は単発のヒットであり、他には影響はおよぼさなかったと感じています。
 ぼくが「女神転生」というタイトルを考えたころ、そうした流行のようなものは日本ではなかったです。本を出してから一年くらいして、本格的な「転生」ブームのようなものがはじまった気がします。女神転生のゲームや小説がある程度ヒットしたのは、そのブームがはじまる前に世に出ていて、幸運にもそれが継続していたことと関係があると思います。
 この場合、アメリカと日本で、ほぼ同時に転生がブームになって、次々にみんながそうした思想にひかれていったのは、病気のようだったと思います。それが、マンガ、ニューエイジ、宗教、小説、ゲーム、映画、ありとあらゆる分野で同時発生的に起こったわけですから、目に見えないトレンドがあると感じます。

★No2 No1の意見に対して、空天さんから突っ込みが入ります。
06.08.27 14.09 空天 ぼくの地球を守って
 80年代の転生ブームで思い出すのは日渡早紀の漫画『ぼくの地球を守って』です。
(注:空天さんは、Wikipediaの文章を引用されています。ここでその全文を掲載することは控えますが、この作品は登場人物たちの前世の記憶をめぐるマンガで、1980年代後半から1990年代前半にかけて絶大な人気を誇りました。読者のあまりの加熱ぶりに、作者が「これはフィクションです」と宣言したほどでした。その広がり方は、アメリカでの転生ブームと相似したところがあったように思われます。)
 私は「ムー」誌を創刊号からそろえていますが当時文通コーナーが突然「前世の仲間を探しています」という投稿で埋め尽くされるようになり「なんじゃこりゃあ」と思ったものです。
 おかげでほかの雑誌などで「ムーの読者は変人ばかり」などと揶揄される事態に。ブームは程なく沈静化しましたがネットの発達した現在、前世の仲間探しは今もどこかで行われているのでしょうね。

★No3 No2に対する西谷の返信です。
06.08.27 15.49 西谷 ありました
   そうだ。すごいパワーがありました。ぼくの読者が「これ読め」って、送ってくれたこともありました。あの影響力はすさまじかった。
 ぼく自身は、転生はある可能性が高いと思っています。けれども、個人的な体験では、前世記憶というのは、強烈なブロックがかかっていて、そんなに簡単に蘇るはずがないと思います。
 当時の体験談には、きっと本当のものがあったはずなのに、玉石混交になったため、信頼感が失われてしまったのではないでしょうか。
 天空さんがおっしゃるように、いまも深く静かに探しは行われていると思います。ただ、すべての過去の記憶が、前世の記憶だとは限らないということも、考えるべきだと感じます。
 たとえば、ぼくらが呼吸している空気のいろんな分子は、何千年も前のものが体内に取り込まれているのでしょう。いま天空さんが吸い込んで、脳に取り込まれた酸素分子は、イザナギが吸い込んだものかもしれません。としたら、その記憶が出てきても不思議はないのではないか。そんな考え方もなりたつのではないでしょうか。
 もし天空さんが関西の人であれば、天空さんの呼吸された酸素を、私が呼吸しているということは、充分ありえるのではないでしょうか。
 (注:日本列島で、大気の流れは西から東なので、たぶん西の人が呼吸した空気を東の人が吸い込む可能性のほうが、高いのではないかという私の推測です。科学的にもし違っていたらすいません。)

★No4 空天さんからの返信。
06.08.27 22.44 空天 記憶転生
 えーと「天空」ではなく「空天」であります。あしからず。
>すべての過去の記憶が、前世の記憶だとは限らないということも、考えるべきだと感じます。
 この点は重要だと考えます。「ムー」の読者の体験記事でこういうのがありました。
 ある青年が夢をみる。自分が大阪夏の陣に参戦した武将となり奮闘の末、一番乗りで城内に突入し腹心の部下と二人で屋内を突き進んでゆく。すると豪華な大広間の中で逃げ遅れた高貴な女性達が隅のほうに肩を寄せ合って震えているのを発見する。何とかこの人達を助けたい、助けなければ。しかし今は戦闘中、背後からは味方の軍勢が押し寄せてくる。どうしよう、どうすれはと気ばかり焦る。そこではっと目が覚めると全身汗でぐっしょり。
 翌朝彼は母親に「昨夜、変な夢をみましたよ」と告げる。すると母親はまじまじと彼を見つめ「その夢なら私も若い頃よく見ました」と答える。それは彼らの先祖の体験した事実であり夢の中の武将と助けた女性の子孫が自分たちなのだという。また腹心の部下の家系も今に続いており新聞にも出ている高級軍人がその子孫であると。そして後年、大阪城の豪華な広間の内装が夢に見たままであることが判明した。
 この話では夢の中の過去の映像が代々受け継がれる先祖の記憶であったということになります。過去の他人の人生の明瞭な記憶が自分にあるとしてもそれが転生ではなく記憶の遺伝という可能性もある。なかなか興味深い話だと思います。

>もし、天空さんが関西の人であれば、天空さんの呼吸された酸素を、私が呼吸しているということは、充分ありえるのではないでしょうか。
 私は群馬生まれで今も群馬におりますが岐阜、滋賀、神奈川、東京などあちこち住んだことがあります。そこで体内に入った水や酸素や食物が自分の肉体をつくっている。人と人も山川草木も日月星辰も互いに分かちがたく結びついているのですよね。目に見える肉体、物質というものは水面の波紋や打ち寄せる波頭のようなものなのではないでしょうか。

★No5 ここで長いやりとりのもとになる情報が書き込まれます>
06.08.28 08.33 西谷 尾瀬の近く
>私は群馬生まれで今も群馬におりますが岐阜、滋賀、神奈川、東京などあちこち住んだことがあります。
 失礼しました。お住まいを聞くつもりではなかったのですが、いままで書き込みをされた文章から、「滋賀、三重県西部、奈良」の方のようなイメージを抱いていたものですから、あのようなたとえ話をしてしまいました。親しい方が、かつて群馬県の尾瀬に近い町で療養生活をされていて、幾度かたずねました。(いま、町の名前を思い出せません)
 あるとき、電車で帰ろうと歩きはじめたのですが、予想外に駅まで遠く、タクシーを呼びました。そして街に入ったとき、西日を浴びている神社が目に入りました。
 神社は、充分な土地があるなら、「北を背にして、南をむく」か、「西を背にして東をむくか」がほとんどです。地形によってはそうでない場合もありますが、それでも社殿に西日を入れることはない。その神社は由緒ありげにみえたのに、西をむいて、社殿の奥まで夕日が入っているのです。あまりの特異さに、車をとめてコンパスで方位をたしかめたりしました。時間がなく、祭神すら確かめなかったのですが、境内のどこかに大きなお面があるのが見えました。
 もちろん広い群馬県内で、これだけの情報ではわかるはずもないのですが、記憶に強く残っていたので書いてしまいました。
 いま考えると、その時点で、このJUNCTIONという名前をつけてくださった人、女神転生の発起人ともいうべき人、そして女神転生のプロデューサーと、さまざまな人が、群馬に集まっていました。現在は、たぶんどなたもいらっしゃらないと思うのです。それだけに不思議な記憶として残ります。

★No6 ここで、空天さんの推理がはじまる
06.08.30 0.32 空天 線と点
 面白そうなお話です。ひとつ本領を発揮して推理してみましょうか。
 まずヒントを整理してみます。
 群馬県の尾瀬に近い町
 鉄道の駅がある
 療養生活→療養所があると推定
 療養所から駅までは歩いて行ける距離→徒歩1時間程度、5〜6km以内と推定
 道路上から西日を浴びている神社が見えた。→道路の東側沿いの神社
 街中にある神社で境内に大きなお面がある

 これだけのヒントがあれば、かなりまで絞込みができそうです。
 まず地図帳を開いて尾瀬周辺の大縮尺の地図を見てみました。尾瀬ヶ原は山に囲まれていて鉄道は通じておらず近くの駅までは20km以上ある。「尾瀬に近い」という言葉は「尾瀬への交通が便利」と解釈してみる。該当する鉄道の路線は群馬の高崎から新潟へと向かうJR上越線と見ていいはず。群馬県内で上越線の駅があり尾瀬へと向かう道が通じている町は、と。水上町と沼田市か。
 まず水上町を調べてみたが駅の近郊にそれらしき療養所が見当たらない。それに水上町は尾瀬というより谷川岳の登山口で尾瀬に通じる道があるといっても細い林道でしかない。尾瀬ヶ原観光の玄関口といったらやはり尾瀬までの国道が通じている沼田市の方だろう。では沼田市の近郊に療養所はあるか。
 検索したところ「ほたか病院」という老人介護主体の病院が見つかった。位置は沼田駅の東北にあたり距離的にも推定に近いのでとりあえずここがそうだと仮定する。
 次に神社だが由緒があり境内に大きなお面があるとすると案外有名な所なのかもしれない。ためしに「沼田 神社 お面」で検索してみる。すると「日本一の大天狗面のある迦葉山弥勒寺/群馬県沼田市」がヒットした。ここも実に面白そうなところだが神社ではなくお寺だし場所が沼田市街地から北方約16km、武尊山系に連なる深山幽谷の中で市街地という条件から外れる。その代わり「沼田は日本一の天狗の町」との記述を見つけた。
 それなら市内の神社仏閣には皆、大きな天狗の面があるのかも。やはり沼田市の可能性が高そうだ。あとは道路の東側沿いの神社という条件か。療養所が「ほたか病院」と仮定して沼田駅との間を結ぶ道路。これは国道120号線と見て間違いないだろう。
 あとはネット地図の最大縮尺で道路沿いに駅に向かってに地道にスクロールするのみ。しかしネット地図はレスポンスも悪いしモニターだと目も疲れるしこの作業はちとしんどい。結果、沼田市内に神明宮、西宮神社、須賀神社などを見つけたが街路はほぼ東北東から西南西に向けて伸びているので道路の東というより南側になる。これだと道路上から社殿に西日が差し込むのが見えるだろうか?
 さらにスクロールして「沼田駅入口」の位置まで来るとR120はほぼ南北方向に走るようになる。ここに「子の大権現社」というのがあった。あまり聞いたことのない神社だし社殿の向きも不明だが、位置は南北に走る道路の東側で、ここなら西日を浴びる社殿が見えるはず。
 ただ「街に入ったとき」という言葉には「郊外から市街地に入ってすぐ」という印象があるがここでは沼田駅の直前になる。それでも明確に道路の東側沿いにある神社はここしかなさそうだ。
 とりあえず結論として「群馬県沼田市内、国道120号線東側沿いの神社、沼田駅入口近くの『子の大権現社』の可能性が高い」としておきます。さて私の推理はどこまで当たっているのでしょうか。

★No7 空天さんの推理に驚く
06.08.30 9.03 西谷 驚きました
 ありがとうございました。というより、おそれいりました。と、申しあげるべきかもしれません。
 沼田市であること。そして療養施設について、すべておっしゃるとおりです。これだけの情報で、よくここまで正確な推理ができたものだと驚きました。国道120号線のあたりで、背筋がゾクソクしました。
 神社については、正直なところわかりません。本当に名前を確かめる時間がなかったのです。そののち、あえて調べなかったのは、わからないままでもいいという思いがあったからです。でも、ここまでしていただいたので、私も真剣にネットの地図を見てみました。
 その結果、子の権現ではないと思います。ネット地図では社殿の位置までははっきりしないのですが、愛宕神社がそれではないかという気がします。もしそうであるとすると、愛宕さんは火の神様で、イザナミ、ヒノカグツチを祭るのが通例であると思います。すると、そのまんま女神転生の世界になってしまいます。世の中には、こういうことがあるのだなあと、しみじみ思いました。
 ありがとうございます。こういう推理を、ぜひまたうかがいたいものです。どちらかで、展開されていたら、教えてください。

★No8 空天さんはとうとう現場に行った!
06.09.03 16.29 空天 レイライントラッカー
 愛宕老人ホームの看板が見えた。このあたりのはずだが・・・あの道路わきの丘の上か。確か道路上から神社が見えるはずだがここからは何も見えない。それらしい表示もないがともかく丘の上を目指して細い道に車を乗り入れる。
 住宅街の中をグルグル回ってようやく石造りの鳥居前にたどり着く。都合よく白っぽい砂利を敷いた駐車スペースもある。鳥居の前に立つと杉木立の中をコンクリート敷きの参道が数十メートルまっすぐ伸びた奥に神社の社殿が見える。
 さてまず方位を確認するか。方位磁石を取り出すと・・・うげっ、磁針が固まってやがる。しまったあ、やはり小学校の頃に文房具屋で買ったコンパスなど持ってくるのではなかった。当時は思い切った買い物だったのだが・・・おい頼むよ、この肝心な時に。
 何度か叩いてやるとようやく針がスムーズに動き出した。ふう助かった、今度シルバかスントのオイルコンパスを買おう。それとも今後の調査探検に備え最新型の携帯GPSにしようか。
 気を取り直して鳥居の前に立つ。参道の伸びる方向は…真北だな。「正面が西を向いた神社」ではなかったのか?
 磁石が壊れたのか。いや、針はちゃんと回ってるし古くなったからって磁針が東西をさすことはなかろう。場所を間違えたのかな。
 石柱を見ると『愛宕神社』。沼田ICの近く、ほたか病院からR120への途中、愛宕老人ホームそばの愛宕神社。ここでいいんだよなあ。しかしここは間違いなく基本どうりに北を背にしている。
 それに、だ。
 かりに西向きだったとしても、この鬱蒼とした杉木立を通して社殿が西日を浴びるのが見えるとは思えないが。鳥居前から見回しても住宅に遮られ道路はほとんど見えない。高台にあるから杉木立や住宅がなければ見通しはよさそうだが、それらがつい最近できたという感じではない。
 西向きではないし見通しもきかない。
 それでも「ネット地図で位置を調べた」というからには場所はあってるはず。念のためここに来る前、ほたか病院から沼田駅前まで車で往復してみたのだが沼田市内は意外と建物が密集しており路上から西日が差し込むのを見通せるような神社は見つからなかった。首をひねりつつもとにかく鳥居をくぐり杉木立の中の参道を通って社殿を目指す。
 近年になって整備されたらしく小さいながらもきれいで手入れの行き届いたところだ。まずは拝礼をすませ辺りを見回してみる。周囲は杉木立に囲まれているが正面に向かって左の方は木立がまばらで明るい日差しが差し込んでくる。そちらに近寄ってみると左側は急斜面になっており視界が開けていて遠くの山並みも見渡せる。
 地図ではわからなかったがこの周辺には面白い形の山が多い。ここからも北西の方向にピラミッドのようなきれいな三角形の山、その向こうにはテーブル状に天辺が平らになった山が見える。山との位置関係も調べるべきかもしれないな。  そして眼下には住宅地がひろがりその向こうには道路を行き交う自動車が・・・!!思わず背後を振り返ると社殿の側面がこちらを向いている。
 そうか、この神社は西側が崖状の急斜面に面していて木立もまばらなので遠くまで見通しがきくんだ。遠くの道路上から丘の上に立つ神社の社殿西側が西日を浴びる姿を見てそれが社殿正面だと勘違いしたのではないのか。
 なるほどこれで謎は解けた、かな。
 思わず力が抜けたがもし西谷先生が目撃したときちょっと足を伸ばして確認していたら「なんだ」で終わって記憶にも残らず自分がこうしてここに立つこともなかっただろう。それを思えば不思議な縁という気もする。
 もう一度拝んだあと由来書きに目をとめる。
 祭神は先生の推測通り火の神「火産霊神」で火伏せの神として信仰された。
 また明治のころに諏訪神社が移転合祀され本殿の右脇に鎮座している。600年ほど昔に野狐塚の上に築かれたが火災によって一度消失(・・・)して再建された。幕岩城の鬼門鎮守とされていたそうだ。あとでネットで調べてみたら幕岩城は「丑寅(東北=鬼門)の方向からこの城に対して悪魔がわざわいを与えようとしている。
 城をいずれかに移して城内に三星を祭るならばそのわざさいを退けることができる。」とのお告げによって沼田城に引移ったという面白い話が見つかった。
 なるほど鬼門封じの神社か。確かにここは沼田市街地に対して北東の方向にあるが実は市内にはもう一つ「愛宕神社」がある。場所は最初に推測した沼田駅入口の「子の大権現社」に近い。
 ここは市内だし路地裏に位置しているので今回の件に関しては可能性を除外していた。
 しかし「狭い地域に同じ名前の神社」というパターンでは以前一つの発見があった。私は群馬の桐生生まれなのだがここには式内社の賀茂神社がある。その賀茂神社から北東方向、渡良瀬川の対岸には「加茂神社」があり、そのまま延長すると隣の足利市内の「石尊山」に至る。これについては小説家の高橋克彦氏の公式ファンサイト「ACT9」にレポートとして公表した。『竜の柩』という神社の謎と宇宙人伝説を扱った小説の中に桐生出身の人物が登場するのでこちらに投稿したわけです。
 ネット上にUPした報告はこれ一件きりなので「桐生のレイライン」で検索すればすぐに見られます。
 と、それはさておき沼田市郊外の愛宕神社から市内の愛宕神社へ南西方向へ伸ばした線を延長すると・・・子持山を向いてるんじゃないか。よし、もりそば食って腹ごしらえもしたことだし子持山を回って帰ろう。
 そして車をとばして子持山のふもとまでたどり着くと山の上に銀色に輝くドームが見える。うむ、目指す目標はあれだ!そして我々取材班は見た!なんと子持山の山上にはストーンヘンジが存在したのである!!
 (県立ぐんま天文台のHPを参照のこと)
 まあ実は先日ネット上で話題になっていたのでついでに寄って見たわけです。駐車場に車を入れるとここからは数百段の木の階段を登って上まで行かねばならない。
 階段入り口に何か置いてあるな。「熊が出ます。この熊鈴をつけてください」だって。腰に下げた熊鈴を鳴らしながら緑に囲まれた階段を登る。風も吹いていて実に心地よい。途中にも看板があった。「ここが海王星の位置です」どうやら階段全体を太陽系に見立て山頂からの距離にあわせて惑星の看板を設置するという趣向らしい。
 あれ、冥王星あったっけ?惑星降格に合わせ早速撤去したのかな。
 火星までくると山頂はもう目の前だ。
 やっと上までたどり着くとすばらしい眺望がひろがっていた。まずは芝生を踏みしめお目当てのストーンヘンジへと向かう。
 コンクリート製で本物よりもスケールダウンしているようだがこれはすばらしい出来だ。
 建造当初のストーンヘンジもこんな風だったのだろう。
 周囲を一回りしたあと中心に立ち太陽を見上げる。
 方位を確認しようとコンパスを取り出すと・・・また針が固まってる。
 おい、またかよと指でコンコン叩いてみると・・・。
 「カツーンカツーン」
 なんだ?異様に反響するぞ。
 周りに人が居ないのを確かめて声を出してみる。やはりすごいエコーだ。ためしにパーンと拍手を打ってみると。
 「ビイイイーン」
 スターウォーズのライトセイバーのチャンバラみたいな金属的な響きだ。隙間だらけの石柱の列が洞窟の中のような反響を起こすとは。ストーンヘンジにこんな音響効果があるとは思いもよらなかった。
 そのあとは入場料300円を払って近代的な博物館のような館内を見学した。ここでは国内最大級の望遠鏡以外にも一般の観測者が利用できる望遠鏡や持込観測用の電源やLAN端子のある観測スペースもあり職員が質問にも答えてくれるそうだ。夕日が山並みに隠れる頃家路に着いた。なかなか実り多い旅路だった。またそのうちこんな調査旅行をやってみよう。

★No09 『桐生のレイライン』を読んだ、西谷からの返信
06.09.03 22.20 西谷 桐生のレイライン
 私の二次情報が不正確であったため、お手間をとらせて申し訳ありません。ここでは「桐生のレイライン」を拝読したことについて。
 美和山、加茂神社、石尊山のことが書かれていましたが、美和山は大和の三輪山の同音で、三輪山と同じように大物主を祀っていました。一方、賀茂神社は京都の加茂と同じで雷神様のようですね。
 三輪山の主は大蛇。ご存じのように雷神は竜であることが多いです。どちらも竜の同族であるというのが、興味深かったです。特に三輪山と、加茂のペアというのは、全国でも珍しいのではないでしょうか。フィールドワークがお得意だということが、たいへんよくわかりました。ちなみに、沼田というのはいまは眠ったような町ですが、歴史が蓄積された上の眠りのように見受けました。

★No10 空天さんからの返信
06.09.03 17.25 空天 ふりだしにもどる
 しまったああああ。
 投稿したあと関連ログを読み直して大変なことに気がついた。
 「大きなお面」は見なかったんだ!
 それに改めて地図をみるとほたか病院からR120へ向かう途中であの愛宕神社の西側を通るとは考えにくい。一応現地でも西側に回りこんで道路上から社殿が見えるのを確認したのだが遠回りになるので妙だと思った。それにそもそも先生の書き込みでは「R120沿いで正解」と読めるのだが。しかし自分の推理に酔っていて昔はルートが違っていたのだろうと無理に自分を納得させたのだった。
 市内の愛宕神社は見なかったのだがひょっとしてそっちの方なのか。それとも自分が見落とした愛宕神社がほかにあるのか。地図は種類によって神社があったりなかったりするからなあ。
 もう一度詳しい状況を聞かせていただけませんか。ここまで来たらなんとしても確認しないと気がすみません。

★No11 西谷が反省
06.09.03 22.40 西谷 私もふりだしに
 今回は、私の情報があいまいなために、ご苦労をおかけして申し訳ありません。まず、なぜ場所が曖昧なのかということについてですが、私はR120を歩き出したあとで、交通量が多いので、確かガソリンスタンドのところでいったん街中に入り、そのあとすっかりくたびれて電話をかけ、もう一度R120に出てタクシーを呼んだのです。そのため、タクシーを呼んだ場所がいまひとつはっきりしないのです。これが最大のネックなのです。
 そして、お面についてですが、そのとき運転手さんに「あれはなに?」と問いかけたら、相手のかたもよく知らないようでした。
 これ以上話しても、かえって情報が錯綜するだけかもしれません。ここまでしていただいたのですから、都内の大図書館で調べ、それでもわからなかった場合、責任をとって、今月中から10月のはじめまでに沼田を訪ねて、どこであったかを確認します。今週中はしめきりがあって動けません。また連休中も動けませんが、どこかで訪れます。
 神社がわからないのは、私の情報があいまいなせいです。そこまでの推理は本当にお見事でした。よろしくお願いいたします。図書館情報は、今週末には必ず掲載します

★No12 空天さんから返信
06.09.04 3.33 空天 私もふりだしに 苦労どころか大いに楽しんでおります。天気も最高で上機嫌でのドライブでした。 最大のミスは現地調査の前に先生が推測した地図上の位置を確認するべきだったということです。こちらで一言質問すればよかったのですが推理をほめられたことで舞い上がってしまい「よし、もう一度自分ひとりで確認してやろう」と思ってしまったのです。格好つけようとした自分が一番いけない。おかげで余計なご心配をかけてしまったようです。 それにしても推理というものには色々な陥穽があるものだと思い知りました。 「真実は一つしかない」とはよく言われる台詞です。しかし「真実は一つでも、もっともらしい説明はいくらでもありうる」だから「筋道の通った説明でも真実とは限らない」 そのため「どんな話でも可能な限りは自分自身で確認する」をモットーにしております。今回は最後の詰めが甘かったようです。 ここで先生とやり取りができたことはまことに幸運でした。もしこれが本の中の話だったとしたら最初の自分の推理に満足して現地調査など考えもしなかったかもしれません。この一件は本当に次々と予想外の方向に話が転がって小説じみていますね。なにやら火の神様にからかわれているような気もしますが。そしてお話の療養生活を送っていた方がどこからか背中を押してくださったかのようにふと感じました。

★No13 意外な結果
 先日来、沼田市で西日の入る神社があるが、それはどこかということで、空天さんに調べていただき、たいへんご苦労をかけたのだが、どこかハッキリしない。それで、週末には現地に行こうと決めて、市役所の観光課に電話をかけて、おもだった神社を教えてもらうことにした。
 ところが、観光課の担当者と話をしたついでに、まさかわかることはあるまいと思いながら、「社殿に、西日の入る神社がありますか?」と尋ねてみた。
 ところが、なんと観光課の担当者は、「それ、須賀神社ですよ。市内で社殿に西日が入る、つまり西むきにたってるのは、ここだけです」と、一発で教えてくれたのだった。
 この人の知識もすごいが、しかし、西日が入るというと、一発で回答がでてきたくらいだから、ここの神社の西日は印象的な光景なのだと思う。
 しかし、空天さんも、須賀神社はいちおう検討した上で、地図では西をむいていないからということではずされたのだった。ぼくもそうだ。敷地と社殿のむきが違っているのか、それとも、当日急いでいたから、いくらか南に寄っているのを、西と解釈してしまったのか。
 ここで、面について聞いてみた。
 と、「この神社にはありません。でも、市内には大きな面があって、お祭りのときに面のついている山車が出ます。それが置いてあるのを、ご覧になったのかも……」ということだった。ぼくが訪ねたのは、祭りの時期ではなかったはずだが、そういうことはありえるだろう。結局、この面という情報があったために、空天さんを惑わせ、ぼくもわからなくなってしまったのだった。
 このところの不正確さは、100パーセントぼくの責任だ。
 しかし、祭りでもないのに面が出ていたために、結果が違ってしまったというところに、情報の難しさを感じてしまう。ちなみに、沼田須賀神社をネットで調べると、「かつては牛頭大王を祭っていた」という。牛頭大王というのは、もともと陰陽道の神で、医薬の神として有名だ。沼田に、お見舞いにいったことから、今回の事件があったことを考えると、不思議な縁であった。
 ひとまず、観光課の人の言葉を信じて解決といたしますが、また機会があったら、沼田にまいりたいと思います。空天さん、本件では本当にありがとうございました。また新しい謎がでてくると思いますので、よろしくお願いします。

>> 転生についてその弐